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綾小路有長

あやのこうじ ありなが
1792 - 1881
公卿 正二位 日光例幣使 雅楽局神楽人 郢曲
綾小路有長さんについて
谷中・桜木・上野公園裏路地ツアー

綾小路有長
幕末・明治の公卿。綾小路俊資の子として生まれる。日光例幣使の一人。正二位権大納言。
玉村宿(群馬県佐波郡玉村町)の本陣だった木島家の裏庭に、有長が天保14年(1843)にこの本陣にて、これから歩む木曽路の安全を願い、「玉むらの やどりにひらく 玉くしげ ふたたび きそへ かへさやすらに」
と歌った和歌一首が石碑に刻まれ現存する。明治時代になり、雅楽局神楽人を勤めた。
「明治十二年明治天皇御下命「人物写真帖」」<上>に、有長の肖像写真が載せられている。
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2018.09.12 ID:256055
先日、谷中霊園の綾小路様のお墓に直接お参りさせて頂きました。
お参りの最中、綾小路様の優しそうな姿が脳裏に浮かんできたと感じます。
また、綾小路様が黄泉の国に旅立たれてから130余年後にご存在を知れたのは、何かのご縁ではないか、そう思えてきました。巡り会わせてくださった事に強く感謝を捧げます。
東京の喧騒を感じさせない静謐な空気に満ちている谷中の地で、いつまでも安らかにお眠りください。
2018.08.31 ID:253983
調べものの最中に、綾小路様の事を生まれて初めて知りました。
郢曲や和歌に通じておられ、教養あふれる方であられたのですね。寛政年間に生を受け、明治まで人生を送られたそうですが、明治の目まぐるしい変化にどう思われたでしょうか?
また、綾小路様の肖像写真を拝見し、柔和そうな顔立ちが印象的でした。写真という新しい技術に驚かれた事でしょう。綾小路様のお写真が現在まで伝えられているのは、とても奇跡だと感じています。
最後に、時間のある時、谷中の綾小路様のお墓に直接お伺い致したいと考えております。
2018.05.11 ID:236631
お悔やみ申し上げます
1881年02月12日に亡くなった人