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河合勇

かわい いさむ
1931 - 1980
画家 写真家 舞台演出家 版画家
河合勇さんについて
ペルーのワンカイヨ市で生まれ、10歳の時母と弟と共に帰国。武生高校から福井大学に入学。北美文化協会の主宰 土岡秀太郎と、阿部展也に師事し、生涯一貫して深い師弟の交流を続けた。24歳の時、詩人の瀧口修造その他の推薦で神田 タケミヤ画廊で初個展。29歳の時、渡米しニューヨークに住み始める。阿部展也の紹介で、ハンス・リヒター、マルセル・デュシャン、エドガー・ヴァレイズ、ベン・シャーンと交流。この時撮ったデュシャンのポートレートは、瀧口修造著書「幻想絵画論」(セリカ書房、新装改訂版)の表紙になる。
36歳の時、ニューヨーク、バーサ・シェファ画廊で個展「CONSTRUCTION」開催。39歳の時、ジャック・スミスと共同で映画制作に入る。ロックフェラー財団に招待された三木富雄と会い、翌々年の4月に河合がアメリカを去るまで密接な交流が続いた。41歳の時、11年滞在したニューヨークを去り、約一年かけ世界旅行に出かける。42歳の時、帰国。44歳の時、北美第30回記念展に滞米作品20点を特別出品し、北美大賞を受ける。
45歳の時、旧今立町(現在は越前市)の廃校になった八石分校をスタジオにする。46歳の時、武生市見流し館でミュージカル「実験劇場 大いなる愛と自由の夜明け」を上演。同時に、八ッ杉陶芸教室、絵画教室を開設する。47歳の時、土岡秀太郎が死去。48歳の時、土岡秀太郎追悼アートフェスティバルを企画運営する。
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2017.10.01 ID:200706
お悔やみ申し上げます
1980年01月27日に亡くなった人