死去ネット

黒澤明

くろさわ あきら
1910 - 1998
映画監督
黒澤明さんへコメントする
あと500文字入力できます
(以下未入力でも投稿できます)
お名前
削除キー
画像
テストページ で投稿のテストが出来ます。
使い方は 投稿について をご覧ください
2018.09.21 ID:257700
没後20年なので、全国各地で追悼行事が開催予定でしょう。
時々観たくなる七人の侍です。
2018.09.19 ID:257466
百姓で亡くなったのは、高堂さんと左さんだけかなぁ。
土屋さんは生き残ったけど、小杉さんと藤原さんも生き残ったのかなぁ。
2018.09.19 ID:257444
七人の侍は確かに面白かった。
侍を探しに行く土屋さん、小杉さん、左さん、藤原さんや長老の高堂さんも素晴らしかった。息子を殺された老婆もインパクトがありました。
2018.09.19 ID:257372
黒澤さんに荒野の七人の感想をお聴きしたいです。
2018.09.19 ID:257255
七人の侍を演じた俳優で、黒澤さんの訃報を知ったのは、映画では最初に死ぬ平八の千秋実さんだけですね。他の六人は黒澤さんより先に亡くなられた。
稲葉さん、三船さん、宮口さん、志村さん、加東さん、木村さん。合掌。
2018.09.19 ID:257247
黒澤さん、用心棒もパクられましたか。
2018.09.18 ID:257199
国民はもっと日本の歴史、文化、伝統に自信と誇りを持った方が良い。戦争に負けた欧米コンプレックスを払拭しましょう。黒澤さんはある日、映画館で近くの席に座った女性客が洋画が始まると夢中になり、邦画が始まると無視した光景を見て、畜生、絶対に夢中になる邦画を創ってみせると誓ったそうな。ハリウッドは七人の侍をパクリました。天晴れ、黒澤さん。
2018.09.18 ID:257171
羅生門は当初、日本国内では評判は芳しくなかった。ところが、ベネチア映画祭で金獅子賞?を受賞したもんだから、日本でも再評価された。敗戦で打ちのめされた日本国民が、戦後わずか5年?位で世界的映画賞を受賞したもんだから、黒澤映画から勇気をもらった。まだまだ国内は米国統治下の占領期間中で日本には主権がない時代でしたから尚更でしょう。
2018.09.18 ID:257139
タイトルは「羅生門」なのに、内容は「藪の中」。暗〜い芥川文学、、、で終わるかと思った、その最後に黒澤イズムでそれまでを全てひっくり返す。娯楽映画でなくても観客が入った時代ならではのピュアな映画。池袋の人生座で観た。懐かし過ぎる!
2018.09.11 ID:255937
羅生門で嘘をつかなかったのは・・・。
加東さんは三船さんを検非違使に連行した。
上田さんは着物を盗んだ。
志村さんは短刀を盗んだが赤ん坊を助けた。
千秋さんは志村さんに希望を見つけた。
奥深い文学的な映画でした。
2018.09.11 ID:255929
芥川龍之介の藪の中、羅生門を題材に、映画かした、羅生門!人として正しく生きる難しさ
安倍晋三人間として恥ずかしくないのか
加計森友事件、総理大臣がお手本になれ
恥を知れ!
2018.09.11 ID:255894
七人の侍は確かに面白い。描写が細やか。
勘兵衛、五郎兵衛、勝四郎、七郎次、平八、久蔵、菊千代。
百姓達も個性豊か。
宣伝文句は確か、世界で今でも愛される風と共に去りぬと七人の侍だったかなぁ。
2018.09.11 ID:255885
七人の侍!自分の村は自分で守る!
今の安倍は、北方領土を取り返す事、
忘れたのか?今の日本の政治家に、
七人の侍は、いないのか?
それとも平和ボケか。
2018.09.04 ID:254738
学生の頃、「羅生門」を見て映画の奥深さを知りました。
2017.10.07 ID:201593
自分が小学4年の時、当時たまたま個人的に黒澤先生にお世話になっていた父が差し入れをするといってすっかり日の落ちた熱海の大観荘へお邪魔したことがあります。つたない記憶ですが大柄な先生と父と三人で熱海の海に向かって「ブルーシャトウ」を歌いました。あらゆる意味で大きくて限りなく優しい素敵な方でした。
2017.08.27 ID:196746
悪い奴ほどよく眠る
名作ですね!
2017.08.26 ID:196668
子供の頃
天国と地獄を見終わり
帰りの家路が怖さで遠く感じた事を、
思い出しました。
黒澤明映画は懲りたことがない!
名作揃いでした!
2017.08.23 ID:196324
稲元凱
黒澤明さん、88年間お疲れさまでした。ご冥福をお祈り致します。
2017.08.18 ID:195746
七人の侍 これ以上の、映画を観た事がない!
2017.01.19 ID:172002
黒澤監督作品の思い出は
忘れないぜ!
2013.07.01 ID:61812
お悔やみ申し上げます
1998年09月06日に亡くなった人