死去ネット

岡野繁蔵

おかのしげぞう
1894 - 1975
南洋の貿易王 衆議院議員
岡野繁蔵さんについて
岡野繁蔵先生は、明治27年(1894年)、当時は志太郡青島村南新屋といった地に生まれました。まだ20歳になったばかりの大正初期からオランダ領東インド(現・インドネシア)に渡り、雑貨貿易と百貨店経営にたずさわりました。そして、『青島町誌』によれば、わずか36歳にして「南洋の貿易王」と称されるに至ったといいます。

その後、太平洋戦争の激化で日本本土に引き揚げることになりましたが、戦後は衆議院議員やカレー店経営など様々に活躍していたようです。“希望に起き、感謝に眠れ”が信条で、“国や郷土の為に貢献された”人生だったそうです。昭和50年(1975年)、81歳で亡くなりました。
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2017.04.20 ID:181036
碓井裕二
人生は、なんと悲しく、また愚かしく混乱したものだろう。愛もまた、むなしい。人間はお互いに好意をもっていながらも、めいめい別々に自分の運命を、自分だけの不可解な運命を生きなくてはならない。互いに助け合い、身近にいたいと思っても、意味のない混濁した悪夢にうなされているときのように、思い通りにすることができない。

ゲルトルートより
2017.04.19 ID:180960
碓井裕二
あなたは深いところで、とてもよく知っていました。たった一つの魔法、たった一つの力、たった一つの救いがあることを。それは「愛すること」だということを。

ヘルマン ヘッセ
2017.03.07 ID:176732
碓井裕二
岡野繁蔵先生のご令嬢であられる旧姓岡野江美さんとは青春を共に過ごさせて頂きました。
江美さんのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
2017.02.03 ID:173209
松永嘉郎
私の親爺は 若い頃 岡野さんに 南洋に来て 仕事をてづだえと 度々勧められたが、行かなかったが、とても行きいと思ったと。二度目の衆議院立候補の時 我が家を訪ねられて
一度だけお会いしました。短かったが、声も聞きました。
それで南方周紀の著書があると 図書館で探したが、近くの図書館にも無かったので、小豆島の出品者から 定価3円70銭の古本を一万円で買いました。甥が藤枝にいるらしく 商業学校の先輩です。
2017.02.01 ID:173035
碓井裕二
一度で良かったのですが、直接お話をしたかった方です。
様々な著書や映像を拝見しました。
ご苦労も多かったでしょうが、波乱万丈な人生は大変魅力的です。
2017.01.30 ID:172836
お悔やみ申し上げます
1975年07月16日に亡くなった人