死去ネット

田辺浩三

たなべ こうぞう
1955 - 2016
自主上映団体「小夏の映画会」主宰
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2017.08.31 ID:197254
あなたの味方
あなたの死を今知りました。

信教の自由で戦っていたあなたを応援していました。

大多数の被害者は声を上げることも出来ずに黙殺されているのが現状であり、あなたと同様の被害を受けている人は全国に多数おられ、私も被害者の1人です。

この問題は根が深く、ただ単純に宗教問題ではない事は田辺さんもご存じなんだと思います。

アメリカでトランプ大統領が就任して変革がおきています。

日本では小池都知事が誕生して、良い流れが見えてきています。

あなたの主義主張とは少しずれているかもしれませんが、これもあなたの活動の延長線上にあることは間違いないと思いますし、結果的にはあなたの望む形になっていくと思っています。

あなたの激動の活動の意思を受け継ぎ、正義を貫き戦っている同志がいます。

安らかにお眠り下さい。そして天から力を貸して下さい。

自由で民主的な社会そして日本人の社会の為に。

安らかにお眠り下さい。

あなたの活動を尊敬していた1人です。



2017.08.29 ID:197062
お疲れ様でした。長い間小夏ちゃんを立派に育て守り続けました。良く頑張リました。これからも天国から小夏ちゃん家族と妹さん家族を見守ってあげて下さいね。
2017.02.25 ID:175521
浩三さん
楽しい人生でしたね。
向こうでも浩三さんでいて下さい。お友達や大島さんにも宜しくお伝え下さい。
ありがとうございました。
小夏ちゃんも頑張りましたね。偉かったね。
2016.09.20 ID:164828
山田まさ子
 画像は、田辺君が脚本家の神波史男さんにあてた手紙。お嬢さんの子夏さんへの愛情がこぼれている。
 いつもあの当時、田辺君は娘さんが奪われるのではないかと心配して、方々に手紙を書いていた。映画への情熱とともに、父親としてもめいっぱい頑張っていた。よいお父さんであった。

 友人としては、ひどいものだった。何回絶交したやら、数もわからない。
 亡くなったのは土曜日の夜で、わたしはその日の昼過ぎに、電話で田辺君と話している。葬式を教会でやるから、そのときに10枚の原稿を配るが、事前にいるかえ?と訊くから、「いらん」と答えた。「いつ葬儀で?」と尋ねたのは、もちろんわたしは本気ではなかった。するとか細い声で、「もうすぐ、もうすぐ」と答えた。弱々しいささやくような声だった。まさか数時間後の現実とは思わなかった。ごめんね、田辺君、君の「もうすぐ」を信じてあげられなかった。

 古い自転車に映画のチラシをつんで、帽子とゴムゾウリ。
 いまは、愛ネコパール君のもとへ。市民図書館にも県庁の食堂にも、高知大学にも姿がみえないのがさみしいよ。思いっきり騒々しい田辺君の声、もうきけんなったね。
2016.09.19 ID:164770
浩三さんありがとう!これからもお見守りください。
2016.09.13 ID:164350
お悔やみ申し上げます
2016年09月11日に亡くなった人