死去ネット

有川小三

ありかわ しょうぞう
1884 - 1973
銀行役員 実業家 弁護士
有川小三さんについて
8歳にして父を亡くし、有川矢九郎(貞実)宅にて寄食しながら島津奨学資金等の援助により、大正2年7月10日東京帝国大学法科大学(英法)を卒業。
大正2年8月14日、東京青山高樹町住み海軍少将縦四位勲三等功四級、有川貞白の三女愛子と結婚する。

株式会社泰昌銀行(東京)、古河合名会社(東京)、株式会社第百四十七銀行(現、鹿児島銀行)大阪副支店長、大島支店長、沖縄支店長、昭和8年8月本店営業部長を歴任。
昭和14年1月、監査役に就任後、銀行合併により職を辞する。
沖縄電氣株式会社監査役に選任される。

昭和14年2月に弁護士登録。
昭和19年2月、鹿児島共同倉庫株式会社代表取締役社長、昭和39年2月退任。
昭和20年5月、薩摩興業株式会社監査役就任。

鹿児島史談会 会員

以後、弁護士活動により昭和48年春の叙勲が決定したが、その日を待たずして逝去したために、「死亡叙勲」として、
勲四等瑞宝章と金杯、従5位を下賜される。

有川家累代の墓は、当初、松原神社・南林寺墓地であったが、大正8年12月中の移転が必要となり、冷水町興国寺跡地に新墓地(約700坪)が造成されたことにより、興国寺墓地に14坪の墓所として改葬、移された。

鹿児島市冷水町2
鹿児島市営「興国寺墓地」に埋葬される。

有川小三さんへコメントする
あと500文字入力できます
(以下未入力でも投稿できます)
お名前
削除キー
画像
テストページ で投稿のテストが出来ます。
使い方は 投稿について をご覧ください
2016.06.14 ID:159817
有川 辰美
墓所は、鹿児島市冷水町2 鹿児島市営興国寺墓地に埋葬されています。
1973年04月14日に亡くなった人