死去ネット

折田要蔵

おりた ようぞう
1825 - 1897
幕末の武士
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2017.05.17 ID:183888
田中和夫
折田要蔵は薩摩の人。藩の砲術指南、台場構築などを行う中で斉彬公に重用され、公の密命で蝦夷地探査を二度にわたって行い、薩摩藩の目を北方に向けた人。山陰鎮撫総督(?)の参謀を務めたのだが、のちに神戸の湊川神社の造営運動を行い、造営後は自ら宮司を長年務める。彼がその間に記した日記には様々な人物が彼を訪れたことがわかる。ロシア皇太子のニコライも神戸入港の翌日、宮司の折田を訪ねている。また、北海道開拓使の幹部職を捨てて行脚放浪の旅に出た村橋久成(サッポロビールの創業者)もまた、行き倒れの前年、折田を訪ねている。折田の日記には『村橋久成来訪、久々の懇談』と書かれている。折田については、さらに精査すべきだと思う。楠木正成を祀って、そこの宮司を没するまで務めた折田の真情は、明治の国家権力の成立過程に疑問を抱いていた……といえるのでは。
2013.07.01 ID:104409
お悔やみ申し上げます
1897年11月05日に亡くなった人