死去ネット

紀野一義

きの かずよし
1922 - 2013
仏教学者 真如会主幹 元宝仙学園短大学長
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2017.05.20 ID:184224
道圓
お世話になりました❗ ありがとうございました
2017.03.05 ID:176390
安らかにお眠り下さい 長い間本当にありがとうございました。
2017.02.28 ID:175859
山川 ひとし
 不思議なことにウンザリする様な話でも、先生の話を聴きに来る人は多かった。
 寺の執事が、又サマラン丸・戦争の話でしたかと目が笑っていた。
 奥様も付いていて、そこまで先生を大衆の目に晒すとはと、自分の引き際に付いて深く考えさせられたものである。
 金岡先生は、まだ余裕を残して降りた姿は実に爽やかである。
 鎌田茂雄先生は、来週はお休みにしますといわれたが、実のところはそれから数ヵ月で帰らぬ人となった。

 いま思う事は、社会が複雑化し生きるために悩んでいる人は昔よりも多いと思われる。
 しかし、人生の縦軸を心に確りともっていなく、迷える日とも多いと思うが、残念ながら道を求める人もメッキリ少なくなっている。
 また指導者も場も少なくなっているのも事実である。
戦後の時代は虚妄で塗固められた時代、少なくとも小生の若かかりし頃は、もつと人間に感性があったように思う。
 嘘八百も71も続くと、もはやいくら何でも朽果てるはずである。
2017.02.21 ID:175213
山田太郎
 先生が四十代の頃、谷中の全生庵での清風仏教文化講座を始めて聴いた。
先代の玄恭和尚は仏教布教に熱心な方で、当時は講師の先生も情熱に溢れていました。
 それから、先生は週刊誌で指摘される問題もありまして、確か産経ホールで清風仏教文化講座の第何周年かの記念会があり、紀野一義先生も参加しておりました。そこで紀野先生は挨拶したのですが、大慧禅師の言葉を例に、自分は一生掛けて修養を積まなければならないと、話された様に記憶しています。
 晩年の紀野先生は忙しかったのか、講義の準備もままならず、ビデオ鑑賞が多かったのです。
それに戦争の話、サマラン丸の話は耳にタコが出来るほど聞かされたものです。
 自己研鑽のた必ずというほど参加していた老人は、「いかん」「いかん」と何度となく不満を述べるのを目撃したものです。
 まあ、そうは言いながら若い頃の先生に教わったことは、私達夫婦の血となり肉となり、人生の荒波を乗り越える助けになった事はいう迄もありません。
 清風仏教文化講座は、正修和尚の代になつて、掃き捨てる様に閉鎖されてしまいました。
 誠に、紀野先生の歩みと一致しているように思えて残念です。
2016.09.03 ID:163788
67才
漱石「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」
感謝あるのみ。
2014.12.28 ID:137452
今は、苦しくないでしょうか。
ご親族にはお会いできましたでしょうか。
2014.07.23 ID:133161
A.Miyano
三十年ほど前になるでしょうか。大学生時代に悩みをかかえ、紀野先生のお宅を訪問したことがあります。そのとき、持参した数冊の先生の著書にサインをいただき、また先生のお二人のお子様が写っている写真をいただきました。先生のご著書をだいぶ読んできましたが、最近、再読しております。ご冥福を心からお祈り申し上げます。
2014.04.23 ID:94778
鈴木愛子
35年前に「いのちの風光」「大悲 風のごとく」に出会い、以後、当時の著書をことごとく読ませていただきました。著書をとおして、生きるという面で、暖かで力強い励ましや勇気をたくさんいただきました。生き難い苦しい時期に、大きな明かりを照らし続けて下さいました。大恩を感じます。感謝です。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。
2014.01.03 ID:91433
戸田功一
20年以上前に「こころが疲れたとき読む本」以降ラジオ短波から発売された紀野先生のカセットテープを聞いてきました。10種類ほど購入してあります。最近はwin7のパソコンでwmaに変換してDVDに保存し、かつCDに移して毎晩寝るときに聞いています。ここ1カ月は「正法眼蔵の風光」5法華転法華を毎晩聞いています。聞き飽きません。著書「法華経を読む」と連動しています。仏教すべてのご理解が深く先生から教化された方は多いと思います。ご冥福をお祈りします。
2013.12.29 ID:91391
お悔やみ申し上げます
2013年12月28日に亡くなった人