死去ネット

斎藤親盛(如儡子)

さいとうちかもり(にょらいし)
1603 - 1674
仮名草子作者
斎藤親盛(如儡子)さんについて
近世初期、出羽の酒田に生まれた。庄内、川北奉行、斎藤筑後守広盛の長男。最上家親に仕える。最上家57万石が1万石に改易された時、浪人となる。苦しい浪人生活の中で、仮名草子『可笑記』や、『砕玉抄』『堪忍記』『百八町記』などを著作した。
斎藤親盛(如儡子)さんへコメントする
あと500文字入力できます
(以下未入力でも投稿できます)
お名前
削除キー
画像
テストページ で投稿のテストが出来ます。
使い方は 投稿について をご覧ください
2017.10.11 ID:202395
深沢秋男
『百八町記』の考察を脱稿しました。この難解な著作を、妻や子のために残したとは、敬服しました。しかし、奥さんや、秋盛は読みましたでしょうか。とにかく、最晩年の力作、私は疲れました。
2016.06.09 ID:159604
齋藤家、第13代、豪盛氏が、自分史『みちの奥 町工場物語』を出版しました。平成28年、2016年6月10日発行です。立派な生涯だと思います。御報告いたします。
2015.06.26 ID:143359
akio fukasawa
齋藤家 墓所 参詣

2015年6月23日、二本松、松岡寺の齋藤家のお墓にお参りしました。
齋藤家第13代豪盛氏御夫妻と、私たち夫婦の4人です。齋藤氏ご夫妻が招待して下さいました。
第二墓誌の裏面に、その後の状況を新たに追加しました。
これで、豪盛氏と私の研究は一段落しました。
以上、御報告申し上げます。
2015.01.01 ID:137550
akiofukasawa
昨日、第13代・齋藤豪盛氏から電話があり、齋藤家御先祖の代々の上に話題が及びました。御報告致します。
2014.09.23 ID:134816
akiofukasawa
父、斎藤筑後守広盛の伝記、『世臣伝』に基づいての検証、最上家改易までまとめました。171枚、昨日、印刷所へ入稿しました。これで、父上の伝記はほぼ、終りました。御報告申し上げます。
2014.08.30 ID:134146
akiofukasawa
父・斎藤筑後守広盛の長谷堂合戦の頃の活躍の様子が、検証できました。『世臣伝』の拠り所となった、斎藤家の記録は、貴殿が書いたのではありませんか。私は、そのように考えるようになりました。
2014.05.24 ID:131154
akiofukasawa
●笠谷和比古氏が『武士道 侍社会の文化と倫理』の中で、『可笑記』の意見を取り上げています。御報告いたします。
2014.04.03 ID:93018
akiofukasawa
武州川越の豪商、榎本弥左衛門の記録『榎本弥左衛門覚書』の、正保2年の条に「心のうちに詮議仕り候らえども、合点参らず候につき、落ち着き申さざる所に、『可笑記』を読み候らいて、心落ち着き申し候也。」と書かれています。御報告いたします。
2014.03.22 ID:92738
akiofukasawa
●東京都中央区立泰明小学校の『泰明だより』平成26年3月号に、校長・和田利次先生の生徒に贈ることばで「礼儀と云うは、むかいの人によっておこない、時にしたがっておこなう、万事一ぺんに心得べからず」(如儡子『可笑記』)と書いています。これは『可笑記』巻2の48段にあるものです。貴殿の書いた言葉が現在も活用されていることを報告します。

2014.02.14 ID:92136
akiofukasawa
現在、私は、ライフワークとしての『如儡子・斎藤親盛の研究』を執筆中です。貴殿は、『徒然草』と共に『甲陽軍鑑』をよく読んで利用しましたね。尊敬します。
2013.12.20 ID:91279
akiofukasawa
『近世初期文芸』第30号に、斎藤広盛と藤島城のことを掲載しました。貴殿の伝記資料も少しずつ充実しています。
2013.11.05 ID:90466
akiofukasawa
『可笑記』が、平成22年度香川県公立高校入試、平成23年度京都府公立高校入試に出題されました。
2013.11.02 ID:90402
深沢秋男
近世初期の激動の社会を生き抜いた人生に敬意を捧げます。大学3年の時、仮名草子『可笑記』に出会えたことを幸せだと思っています。
2013.11.02 ID:90401
お悔やみ申し上げます
1674年03月08日に亡くなった人