死去ネット

矢島尚

やじま ひさし
1943 - 2012
プラップジャパン会長
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2016.04.21 ID:157656
オザキ ノリオ
この5月でオレも満73歳となる。君と同年だ。考えてみるとこの3年で足腰が相当衰えてきた。3年前はゴルフだってバリバリに楽しめた。つまり何が言いたいかというと、君はいい時にこの世界に見切りを付けバイバイできた。どうにかその後オレだけが生き長らえてきたものの衰えは大きい。惰性とみなしていいのではないか。生き続ける価値が減少しているようだ。
統計的に長くてあと10年、それでオレもこの世とオサラバ。
君との6年間は短く生涯の数%だ。でも生きる希望の熱意に燃え、死とは別世界の充実した日々であった。
2016.01.24 ID:153303
オザキ
矢島君のまわりの人たちでさえ どこか順番のように一人づつここから去ってゆく この世界から。そしてあと100年もすればほぼすべてのひとがすべて入れ替わってしまう。太古から だから人は寂しいということはないのだ。
2016.01.08 ID:152416
オザキ
人は「あふれる命」と言う。またひとは「やる気スイッチON」とも言う。残念 矢島君が生きてるなら教えて貰いたかった。
静寂が必要だ。鼓動のみ聞こえてくるような静寂だ。
2015.12.29 ID:151787
オザキ
この日が丁度 満3年といわれてはいるけど自分はいきている
この世界が刻んでいることで3年という歳月を全くふさわしく
思いません。死ねば時刻の数え方は異次元方式つまりもし絵で表せば熊楠曼荼羅のように伸びチジミする数え方がふさわしいと思う。永遠に伸びた天体を想像してみよう。
2015.12.25 ID:151532
オザキ
もうすぐ亡後満3年だ。宇宙や地球はとまらず、回転しながら生き残った者に希望を与えている。それは錯覚だ。生きる者は己が生きることに必死でもはやキミのことを忘れようとしてるだろう。参墓はキミに近づくんだが、何故かひとはそれを許さないようだ。

2015.12.14 ID:150964
オザキ ノリオ
矢島尚君が亡くなって死んだ日をこの世界では「命日」と言っています。死んだ日であっても。 ある宗教では「人間は死んでもなお生き続ける」といいます。君は70歳からこそ人間の思索をするはづであった。矢島君的だった。命はこの世限りではないと人は言う。そうは想いたいけどやはり命はこの世限りであっても止むを得ないとも思う。迷う。
2015.12.12 ID:150865
オザキ ノリオ
矢島君が生きてきた時代を思い出す。
その時代にはテープレコーダーやレコード盤があった。その後時代の変化とともに消えた。歴史の1ページだ。君はその時代を生きた。そしてまた新年がまもなくやってくる。あたかも地球の歴史を教える本の頁を1枚めくるように。
2015.12.11 ID:150745
オザキ ノリオ
昔を思い出すと遊びにここへやって来ます。同級の丸高君が酒巻くんになって日大の教授理学博士になった。習志野に住んでいる。われらの境遇は元町小の卒業以後、運命の大海に放り出されて数奇な足跡で今日に至った。それぞれの足跡を風雪の重さというのだろう。
2015.11.29 ID:150183
オザキ ノリオ
また来ました。キシリトールも、タマちゃんも、二子玉川園も、今となっては街の現象だった。そのことにちょっと振り向かせたのが矢島君だ。しかし宇宙的視野で考えると大自然の流れはなにも特別視してくれなかったといえる。
70歳を境に同窓会に来たのは7人だった。そんなわけで君は早く去った訳ではない。これまで生きた思い出の碑を残したことで満足しなきゃ。
2015.11.28 ID:150142
オザキ ノリオ
他人事でない脳梗塞、私も矢島君と同年。私も脳梗塞に罹ってしまいました。この6年間で4回緊急入院しました。でもこの世界に未練があるのか、まだ何とか命がつながっています。人も動物も生死は大自然に従うこと、だけだと思います。
そう遠うからず自然に従ってそのうち再開しましょう。
2015.10.31 ID:148595
oz
矢島君、オザキです。矢島君の自宅だった場所は大横町。そこは今東洋女子短大の庭地になっている。当時住まいに行くと大型の金属製模型電車があった。親父さんおふくろさん矢島のおねーちゃんもいた。
2015.10.28 ID:148467
尾崎 律夫
矢島君、尾崎です。元町小の同級生尾崎です。当時小学校の
夏季林間学校で松戸の先にあった柏学園に泊まり相撲をして遊んだこと。一度も矢島に勝てなかった。卒業時、文集を作ったりした。最後に会ったのは有楽町で夕食した。6年前だ。
2013.07.24 ID:75152
お悔やみ申し上げます
2012年12月29日に亡くなった人